藪から棒


「お前、何ちゅうこと言うんじゃ、藪から棒に!」というように、「藪から棒」という諺は日常よくつかわれます。
これは、まったく予想もしないことを言った場合やとっ拍子もないことを言った場合に使われる諺で、皆さんも何度か耳にしたり、 あるいはご自身もお使いになったことがあろうかと思います。勿論、私も例外なく、何度か口にしたことがあります。

さて、この「藪から棒」は一体どのようなことから諺になったのでしょうか。そこで、竹薮ばかり歩いている私なりに、 色々なケースを考えてみたのですが、どうもその意味がわからない。とにかく、私なりに仮説を立ててみることにしました。

そもそも、その「棒」なるものは何でしょうか。実際、普通の竹林の中にはそんな「棒状」のような「木の棒」は普通存在していません。 この場合、普通の竹林とは、人の手が入った竹薮、つまり栽培管理されている竹の群落を指すのですが、管理されている竹林には、 樹木などあまり生えていないのが一般的で、竹だけで純林を形成している場合が多いのです。

それから考えると、普通竹林には棒など存在しないんだから、その竹林から「棒が飛び出して来る」可能性はまず皆無に等しい。 つまり、そもそも棒状のものが存在しない筈の竹林から棒状のものが飛び出してくると、それは大変驚かされることになります。 したがって、藪から棒は予想もしない言動を例えた諺ではなかろうか? 私はそのように推理したいのです。 このようなこじつけでは納得して頂けないかも知れませんが、現段階で説明するとなれば、この程度でご勘弁願いたいと思います。

なお、これは日本の話であって、東南アジアにおける「竹の群落」は全然違います。それこそ、普通には、竹は樹木と共存していて、 竹だけの純林などほとんど存在しません。ですから、東南アジアで「藪から棒」と言っても、まるで当たり前の話であって、 そんなことを言うこと自体が「藪から棒」に値する言葉になりましょう。

ところで、お気付きと思いますが、私は日本における竹の群落を「竹薮」と「竹林」に使い分けしています。 これは、故上田弘一郎博士が定義付けされたもので、 「竹薮とは自然の状態にある竹の群落」であり、「竹林とは人出によって栽培管理されている竹の群落」を指します。 実は、これは大変重要な意味を持っているのです。

このホームページの「トピックス」で、「竹林の拡大は、竹の責任ではない!」を掲載しているように、 現世、日本の竹の群落はまさに「竹薮」に成りきっています。つまり、人出によって栽培管理されている竹林は、おそらく2割もないのではないでしょうか。 まさに恐るべき現状があります。

そこで、各地で「竹薮の竹林化」が起こっているのです。 例えば、竹文化振興協会岐阜支部では、 ボランティア活動として長良川の河川敷にあるマダケ林を見事に竹林化されました。 2年ほど前に見学させてもらいましたが、実に立派なマダケ林に育成管理されていました。

このように、今、各地でボランティア活動として「竹林化」に取り組んでおられる団体がいくつかあり、これらは大変貴重な活動です。
皆さんも、人肌脱いでいただけませんか!

それこそ、藪から棒に何ちゅうこと言うか! とお叱りかも。

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