破竹の勢い


テレビ番組やメディアではよく「ギネスブック」と言うのが出てくる。
私は、そのギネスブックなるものを見たことはないが、どんな記録でも見聞すると嬉しくなり、すぐ覚えて人に教えたくもなる。
また、聞いてくれた人も興味を示してくれるのが普通である。
ましてや、植物の世界、殊に竹の世界のレコ−ドについては職業上絶対聞き逃したくない。

私は、若かかりし頃からかつて世界的に有名な竹博士、「ドクタ−・バンブ−」と尊敬された「上田弘一郎先生」の研究に携わってきた。
私はその先生に40年近くもご指導を受けたのであるから、まさしく果報者である。
しかし、先生の研究には厳しいものがあった。
特に、ギネスブックではないが、すべてに記録を求め、それを科学的に証明すると言う姿勢があった。
その一つが竹の成長速度の調査であった。

ここで、笑い話を一つ紹介しよう。
あるお客様が玄関前で帽子を脱ぎ、何気なく傍らのタケノコの頭に載せ、『ご免下さい。』と訊ね、その家に招き入れられた。
しばらくして『有り難うございました。』とお礼を述べ、玄関前で帽子を取ろうとしたところ、帽子は遥か上方に持ち上げられていて、すでに届かぬ先にあったと言う話。

これまで、竹のスピ−ド成長についてはいくつかの発表がある。
今から150年も前にイギリスのキュ−植物園で、1日24時間で91センチ伸びたと言う記録がある。
また、日本では100年も前に小石川植物園で88センチの記録がある。
それではと、その竹博士は現在の長岡京市の竹林で調査を始められた。
昭和30年のことで、私もその調査の一員であった。
しかし、この調査は困難を極めた。
毎日決まった時間に測定器械を据え付け、1カ月ほど毎日決まった時間に測定しなければならなかった。
研究とはそのようなものである。

日本の代表種であるモウソウチクとマダケを調査した。
その結果、モウソウチクでは1日24時間で最大119センチ、マダケではなんと121センチであった。
両方とも世界で初めての最大記録であり、現在もこの記録は破られていない。
それにしても凄い伸長力である。

ある時には「へんちくりん」に変身する竹のどこにそんなエネルギ−があるのか。
これこそまさに「破竹の勢い」である。
もっとも、「破竹の勢い」の意は、竹を割る時、ひと節割ると、最後までズバッと割れることから、「ものの勢いの強さ」を言うのであるが、タケノコの伸長もさまに「破竹の勢い」と表現して余りあろう。

では、『なぜそんなに伸びるのか?』である。
少々専門的になるが、参考までにお聞き願いたい。
まず、竹の生長は2カ所で起こる。
一つはタケノコの頂点で、そこには成長点があり、そこで細胞分裂して上方に伸びる。
もう一つは、一つひとつの節の真上にある成長帯であり、ここで新しい細胞が増えるであり、むしろ、この方が全体の伸びに強く関係しているのである。

この伸び方を提灯の例で説明してみよう。
提灯に灯をともすには、まずろうそくを立て、火を付けてから上に引き上げ、提灯の形にして目的を達する。
つまり、提灯を引き上げることは、それぞれの蛇腹の部分を伸ばすことである。
タケノコも同様に、それぞれの節は提灯の蛇腹に相当していて、それぞれの節間が伸びることによって全体が伸長するのである。
つまり、トップの高さはそれぞれの節の伸長量と頂点の伸長量とのト−タルなのである。
単純な計算例を言うなら、例えばタケノコに20個の節があり、それぞれの節間が5センチ伸びたとすると、ト−タルでは100センチの伸びとなる。
このように考えると理解しやすかろう。

ただし、節間が伸びられるのはタケノコに皮がかぶっている節だけである。
すでに皮が剥がれていれば、その部分の成長が完成したことを示している。
つまり、タケノコの皮は節間の成長を保護する役目をもっているのである。
だから、役目が終われば、ちゃんと脱落するか、あるいはそのまま枯れて、不要な養分の消費を防いでいるのである。

竹の部分で不要になり、地上に落下するものは葉、枝、そして皮である。
これらは竹林の生産性を維持する貴重な有機物として地上に還元される。
ちなみに、皮の量はその有機物中約20%を占める。
自然界とはいえ、見事な心がけである。

このように、竹は「へんちくりん」であったり、「破竹の勢い」であったり、まさに不思議発見の植物なのである。

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